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車両ステーション1F

車両ステーション1F 0系 クハ481 開拓使号 弁慶号 ナデ6110 EF55 クモハ455 マイテ39 コキ50000 オハ31 モハ484 クモハ40 レムフ10000 EF66 1号機関車 200系 善光号 創業期の客車 ハニフ1 クハ181 ED17 C57 ED75 9850 ED40 1号御料車 2号御料車 9号御料車 10号御料車 12号御料車 7号御料車 C51 EF58 ナハネフ22 クモハ101 キハ41300

※車両入換により、図と現況が異なる場合があります。

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  • 蒸気機関車
  • 電気機関車
  • 客車
  • 電車
  • 新幹線電車
  • 気動車
  • 貨車
  • 御料車

蒸気機関車

1号機関車(150形式蒸気機関車)
1871(明治4)年製造

国指定重要文化財 鉄道記念物
新橋〜横浜間の鉄道開業時に、イギリスから輸入された蒸気機関車のうちの1両。国鉄で使用ののち島原鉄道をへて、1936(昭和11)年から鉄道博物館(初代)で展示。1997(平成9)年に鉄道車両として初めて国の重要文化財に指定

1号機関車(150形式蒸気機関車)

弁慶号機関車(7100形蒸気機関車)
1880(明治13)年製造

鉄道記念物
北海道最初の鉄道・幌内鉄道の開業時から使用された蒸気機関車。北海道ゆかりの人物名「弁慶」を名乗る。カウキャッチャー、ダイヤモンドスタック煙突、警鐘などアメリカン・スタイルが特徴

弁慶号機関車(7100形蒸気機関車)

善光号機関車(1290形蒸気機関車)
1881(明治14)年製造

鉄道記念物
日本初の私設鉄道・日本鉄道会社の路線建設工事用に輸入。初めて埼玉県内を走行した蒸気機関車でインサイドシリンダー、サドルタンクなど独特の装備をもつ。各地で路線建設に使用

善光号機関車(1290形蒸気機関車)

9850形蒸気機関車
1912(大正元)年製造

東海道本線の山北〜沼津間、信越本線の長野〜直江津間など幹線の急勾配区間用としてドイツから輸入。マレー式という複雑な構造のため早くに引退し、9856号機は鉄道博物館(初代)開館時から内部構造が分かるように、各部を切開して展示

9850形蒸気機関車

C51形蒸気機関車
1920(大正9)年製造

国産初の本格的な高速旅客用蒸気機関車。狭軌の条件のなかで最大限の性能を発揮すべく1,750mm動輪を採用し、特急「燕」「富士」など当時の花形列車の先頭に立ち、全国各線で活躍。安定した性能から御召列車の牽引機にも起用された

C51形蒸気機関車

C57形蒸気機関車
1940(昭和15)年製造

地方路線の旅客列車牽引用に登場。他の機種と部品を共通化した近代化標準機。細身のボイラーと1,750oボックス動輪からなるプロポーションのよさから“貴婦人”呼ばれる。135号機は1975(昭和50)年12月に国鉄最後の蒸気機関車による旅客列車を牽引した

C51形蒸気機関車

電気機関車

ED40形電気機関車
1921(大正10)年製造

国指定重要文化財(2018年指定予定) 準鉄道記念物
国鉄初の本線用国産電気機関車で、鉄道省大宮工場(埼玉県)で製造。信越本線横川〜軽井沢間の急勾配区間で使用するため、アプト式を採用した。10号機は横川〜軽井沢間で使用ののち、ラック機構を取り外して東武鉄道日光軌道線で使用

ED40形電気機関車

ED17形電気機関車
1923(大正12)年製造

大正期に打ち出された都市・幹線の鉄道電化の方針により、東海道本線・横須賀線電化用に、各国より輸入されたサンプル電気機関車のうちの1両。当初は東海道本線で、のちには中央本線で使用される

ED17形電気機関車

EF55形電気機関車
1936(昭和11)年製造

準鉄道記念物
特急列車牽引機として流線形のデザインで登場。当初は東海道本線の特急「富士」「燕」の先頭に立って活躍したが、戦中・戦後は点検に邪魔な流線形カバーを外して東海道本線・高崎線などで使用。1号機はいったん廃車となるが、1986(同61)年に動態復活を果たす。2015(平成27)年から当館で展示

EF55形電気機関車

EF58形電気機関車
1956(昭和31)年製造

戦後の産業復興の原動力となるべく製造された旅客用電気機関車。当初は故障が頻発したが、後年性能が安定し「つばめ」「はと」「あさかぜ」など東海道・山陽本線の優等列車の先頭に立つ。89号機は1956(昭和31)年11月の東海道本線全線電化初日に上り「つばめ」を引いた

EF58形電気機関車

ED75形電気機関車
1975(昭和50)年製造

交流電化区間の標準形電気機関車として1963(昭和38)年に登場。安定した性能で北海道、東北、九州などの交流電化区間で旅客・貨物列車に使用。羽越・奥羽本線用に1971(同46)年から製造された700番代は、ED75形の最も完成された形態となる。後年一部は青函トンネル用のED79形に改造

ED75形電気機関車

EF66形電気機関車
1968(昭和43)年製造

1960年代に台頭してきた自動車交通に対抗するため、東海道・山陽本線の高速貨物列車牽引用として登場。1,000tの貨物列車を100q/hで牽引するため国鉄最大の出力を誇った。1985(昭和60)年からは東京〜下関間で寝台特急列車の先頭に立って活躍

EF66形電気機関車

客車

創業期の客車(レプリカ)

1号機関車に連結する展示用として1970(昭和45)年に製作。明治初期の下等客車を模して作られたもので、イギリス式の室内をいくつかの区分室に分け、区分室ごとに乗降扉を設ける構造。イギリス式の客車は現在、1872(明治5)年の京浜間開業時ではなく2年後の阪神間開業時に使用されたと考えられている

創業期の客車(レプリカ)

開拓使号客車(コトク5010形)
1880(明治13)年製造

鉄道記念物
北海道初の鉄道・幌内鉄道の開業に際して輸入された客車。前後にデッキ、車内は中央通路を持つアメリカ式のボギー客車で、当時としては先進的なミラー式自動連結器・空気制動機を装備した。一般営業には用いられず開拓使長官などの乗車用として使用

開拓使号客車(コトク5010形)

オハ31形客車
1927(昭和2)年製造

安全性向上のため、国鉄の客車鋼製化第一陣として製造された17m級客車。台枠、柱、車体外部のみを鋼製化し、屋根・内装などは木製のままで“半鋼製車”とも呼ばれた。オハ31 26は1960(昭和35)年に津軽鉄道に移り、冬季暖房用に石炭ストーブを装備

オハ31形客車

マイテ39形客車
1930(昭和5)年製造

当時の国鉄を代表する特急「富士」用の1等展望車として製造。展望室は外国人の利用を見込んで、純和風の“桃山式”と呼ばれる豪華な内装となる。戦時中の特急廃止により使用を停止したが、戦後特急列車復活にあたって再整備され、「へいわ」(のちの「つばめ」)に使用された

マイテ39形客車

ナハネフ22形客車(20系客車)
1964(昭和39)年製造

夜行特急「あさかぜ」用に製造された寝台特急用客車。固定編成されて冷暖房を完備し、個室・開放式の2等寝台、3段式の3等寝台、座席車、食堂車などで編成され、当時としては豪華な設備で“走るホテル”と呼ばれた。ナハネフ22形は夜行特急をすべて寝台車化することになり製造されたもので、この頃から“ブルートレイン”とも呼ばれるようになる

ナハネフ22形客車(20系客車)

電車

ハニフ1形客車(デ963形電車)
1904(明治37)年製造

JR東日本中央線の前身である甲武鉄道が導入した電車で、専用の軌道敷を持ち、総括制御(連結運転)が可能で国鉄・JR電車の元祖となった。大正期に電気品をすべて取り外し、客車として地方私鉄に売却。松本電気鉄道(現・アルピコ交通)などで使用され、廃車後も長く同社が保存していた
※時間帯により車体にプロジェクションマッピングで「デ963形式電車時代をイメージした映像」を投影します。かつての雄姿もお楽しみ下さい。

ハニフ1形客車(デ963形電車)

ナデ6110形電車(ナデ6141号電車)
1914(大正3)年製造

国指定重要文化財・鉄道記念物
片側3ヶ所の乗降扉をもつ木造ボギー電車。連結・頻繁運転が可能で、都市部での大量高頻度輸送を行なう“高速電車”の草分け。中央線や山手線で使用されたのち各地の私鉄を渡り歩き、鉄道100年を記念して国鉄大井工場で復元された

ナデ6110形電車(ナデ6141号電車)

クモハ40形電車
1936(昭和11)年製造

省線電車の運転区間の拡大により製造された、20m車体に片側3ヶ所の乗降扉をもつ半鋼製車。車内はロングシートが並び、扉の開閉はが自動化されてスムーズな乗降を実現。多数が製造され戦前期の標準型通勤電車となり、戦後も1980年代まで使用された

クモハ40形電車

クモハ101形電車(101系電車)
1957(昭和32)年製造

戦後急速に発展した電車技術を採り入れた私鉄各社の高性能電車の動向を見きわめ、国鉄が製造した新性能電車。軽量全金属製車体、片側4ヶ所の両開き乗降扉、全電動車方式のMM'ユニット、中空軸平行カルダン駆動方式など、多くの新技術を採用し、その後の国鉄電車の基本となる。首都圏・関西圏の通勤路線で使用

クモハ101形電車(101系電車)

クハ181形電車(181系電車)
1965(昭和40)年製造

101系を基本として1958(昭和33)年に登場し、東京〜大阪・神戸間の「こだま」に使用され、その優れた性能と快適性で電車時代を切り拓いた、国鉄初の特急用電車151系の改良型。勾配線区でも使用可能なようにパワーアップし、上越線「とき」、信越本線「あさま」、中央本線「あずさ」などで活躍

クハ181形電車(181系電車)

クハ481形電車(485系電車)
1965(昭和40)年製造

直流で電化された東京や大阪から、交流電化の各線へ直通運転可能な車両として、151系を基本に製造された交直流両用特急電車の先頭車。当初はボンネット形だったが、後年少しでも定員を増やすため貫通形・非貫通形へと変化しながら量産された。1500両以上が製造され、四国を除く全国の電化区間で使用

クハ481形電車(485系電車)

モハ484形電車(485系電車)
1972(昭和47)年製造

当初は西日本の60Hz用、東日本の50Hz用に分かれていた電動車は、両周波数に対応可能な変圧器の開発により、モハ485、モハ484に一本化され、以後は485系と総称されるようになる。モハ484は屋根上に多数の機器が設置され、空調機が設置するスペースが不足し、客室端部にも設置

モハ484形電車(485系電車)

クモハ455形電車(455系電車)
1965(昭和40)年製造

各線を代表する優等列車だった急行を、電車化するために製造された交直流両用電車。50Hz用で、モーターをパワーアップし、一定の速度で勾配区間を走行できる勾配抑速ブレーキを装備。ビュフェ車には“そばコーナー”が設けられていた。窓下のテーブルに栓抜きがつく

クモハ455形電車(455系電車)

新幹線電車

21形新幹線電車(0系電車)
1964(昭和39)年製造

東海道新幹線開業時に投入された新幹線電車(0系)の新大阪方先頭車。全線立体交差、標準軌の路線で最高速度210km/hでの営業運転を行うため、全電動車方式と交流電化(交流25kV)を採用し、車体も大型化された。高速運転による大量輸送を実現させ、高度経済成長を支える大動脈の役割を果たした

21形新幹線電車(0系電車)

222形新幹線電車(200系電車)
1982(昭和57)年製造

東北・上越新幹線用に製造。最高速度は東海道と変わらないが、寒冷・豪雪地帯を走行するため、ボディマウント構造、雪切室、スノウプラウなどの装備をもち、車体はアルミ合金製。222-35は山形・秋田新幹線と連結運転するための分割併合装置をもつ
※車両の前に設置したAR装置「新幹線スコープ」を覗き込むと、目の前に止まっている新幹線が実際に走り出したかのようなバーチャル映像が流れます。雪に強い新幹線として開発された200系が、雪景色の中を高速で駆け抜ける迫力あるシーンを、視覚的演出のみならず、振動と風の演出もあわせ、体感することができます。

222形新幹線電車(200系電車)

気動車

キハ41300形気動車
1934(昭和9)年製造

ローカル線近代化のため、国鉄で初めて量産された気動車のグループ。当初はガソリンエンジン、機械式だったが、戦後にディーゼルエンジン・液体式へと改造された。非力なエンジンを補うため軽量化を徹底し、コロ軸受けを採用。キハ41307は1958年に国鉄で廃車後は、遠州鉄道、筑波鉄道など地方私鉄で使用された
※この車両の展示されている壁面に、車窓風景映像を投影し、これを車内でご覧いただけます。かつてキハ41300形式も活躍した小海線の車窓風景の実写映像と走行音の演出で、まるで実際に旅をしているような気分を味わっていただけます。

キハ41300形気動車

貨車

コキ50000形貨車
1971(昭和46)年製造

1969(昭和44)年に運転を開始した、トラックとの共同一貫輸送体制を整備したフレイトライナー方式による、コンテナ専用列車用のコンテナ車として登場。それまでより大形の国際規格に準じたコンテナが搭載可能で、最高速度95km/hで運転。国鉄時代からJR化後も長年にわたり使用されたが、2017年度限りで引退

コキ50000形貨車

レムフ10000形貨車
1966(昭和41)年製造

1960年代に台頭してきた自動車交通に対抗するため、鮮魚輸送の高速化をめざして登場。空気ばね台車、応荷重式電磁自動ブレーキをそなえ、最高速度100km/hでの高速運転を実現した。九州・山陽地区と大阪・東京地区を結び鮮魚を低温に保った状態で輸送した

レムフ10000形貨車

御料車

1号御料車(初代)
1876(明治9)年製造

国指定重要文化財・鉄道記念物
京阪神間の鉄道開業時に、明治天皇が乗車するために製造された最初の御料車。和と洋の意匠が混ざり合った内外装を持つ。現存最古の客車であもあり、2003(平成15)年に国の重要文化財に指定された

1号御料車(初代)

2号御料車(初代)
1891(明治24)年製造

鉄道記念物
九州鉄道会社がドイツから輸入した貴賓客車で、1902(明治35)年に熊本で実施された陸軍特別大演習に明治天皇が行幸する際に、内装を中心に改造された。ドイツ風の外観・内装を持ち、そこに和風の意匠が加えられている

2号御料車(初代)

7号御料車
1914(大正3)年製造

鉄道記念物
大正天皇の即位礼に際して御召列車用として製造された天皇・皇后同乗用の御料車。中央の御座所をはさんで前部に天皇、後部に皇后関連のスペースが配される。各室とも日本の伝統を重んじた意匠で、美術工芸技術の粋を尽くした内装を持つ

7号御料車

9号御料車
1914(大正3)年製造

鉄道記念物
7号御料車とともに製造された食堂御料車。7号に食堂スペースを設けることができず、初めて独立した食堂車として製造。上品な雰囲気の内装をもち、特に食堂室の刺繍による鷹の図は秀逸。現存する最古の食堂車

9号御料車

10号御料車
1922(大正11)年製造

鉄道記念物
外国賓客用に製造。展望室・展望デッキを持ち、展望室は和風の意匠で構成されている。イギリス皇太子エドワード・アルバート殿下、満州国皇帝溥儀らが乗車した。戦後は連合国軍に接収され、専用列車「オクタゴニアン」に使用された

10号御料車

12号御料車
1924(大正13)年製造

鉄道記念物
昭和天皇の摂政官時代に製造された御料車。内外の意匠が洋風に変化し、それまでの和風の重厚なスタイルとは一線を画す。摂政宮即位後も使用され、1928(昭和3)年の即位礼に際しては御召列車に使用された。木製としては最後の御料車

12号御料車